インデックス投資家が資産活用時に直面する「元本を削る恐怖」をどう乗り越える?

260121インデックス投資家が資産活用時に直面する「元本を削る恐怖」をどう考える? インデックス投資
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定期的な収入があるうちは基本的に資産を積み上げる一方ですが、多くの人はいずれ退職し、それまでに築いてきた資産を「どう使っていくか」という局面になります。

資産からお金を取り出す方法には、大きく分けて2種類あります。 1つは「資産そのものの売却(取り崩し)」、もう1つは「資産から生じる利子・配当(インカム)」です。最近では資産を担保にお金を借りる手法も話題になっていますが、基本はこの2つでしょう。

そして分配金を出さないインデックスファンドで資産形成をしている場合の出口は、必然的に「取り崩し」になります。このようなインデックスファンドの場合には、インカムに相当する部分は自動的に再投資されて基準価額に反映されていくためです。

ところが、SNSでは「せっかく積み上げた資産を売ることに強い抵抗がある」という声をよく耳にします。その理由は、元本が減っていく感覚には耐えられそうにないからというものが多いようです。これが分配金の出ないインデックスファンドでの資産形成の問題点のように語られることもあります。

実際に取り崩している人からは、「取り崩しに抵抗がある」という意見はほとんどないように感じるのですが……。

そこで今回は、インデックス投資家である私が、将来の資産の売却について現時点でどう考えているのか、その思考法を整理してみたいと思います。

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投資の目的は「人生で使うお金の総額」の最大化

まず、私の資産形成における根本的なスタンスを明確にしておきます。これまで、文脈によっていくつかの理由を挙げてきていると思いますが、私が投資に取り組む最大の理由は、「人生で使うお金の総額を増やすこと」にあります。

資産額が積み上がれば心の余裕につながるなど、ある程度の資産額に達するまでは、使わなくてもお金は効用を発揮するでしょう。しかし、基本的にはお金は使ってこそ意味があるものです。そのため、「いくらまで資産を増やしたか」ではなく、「人生でいくら使えたか」が重要な指標の1つだと考えています。

例えば、生涯での手取り収入が2.5億円だったとします。 まったく運用しなかったら、この人の支出の上限は2.5億円です。 一方で、運用によって資産を5億円に増やすことができ、人生を通じてその5億円を使い切ったとすれば、運用しなかった場合と比べて2倍の効用を得た、あるいは同じ効用を得るために必要な労働が半分になったといえます。

使い切るのは難しいことを考えて、仮に5000万円を余らせることになったとしても、使った金額は4.5億円。運用のおかげで2億円分も豊かな生活を送れたことになりますよね。

「お金は若いうちに使ったほうが価値が高い」という時間的な視点もあるため、単なる金額の多寡だけで評価はできませんが、「使うお金」に焦点を当てることも大事な視点ではないでしょうか。

お金の有利な置き場としてのインデックスファンド

このような考えに基づいて、私は資産形成の過程を次のようなシンプルなプロセスとして捉えています。

  • 現在の収入を、「いま使う分」と「将来使う分」に仕分ける
  • 「将来使う分」を、なるべく有利な置き場に置いておく

1つ目は、投資をしているかどうかにかかわらず、誰もが無意識に実践している貯蓄のプロセスです。2つ目については、「将来使う分」のお金の置き場として銀行預金を選ぶ人も多いのですが、私はそれをインデックスファンドに置き換えています。さらに、NISAやiDeCoといった税制上有利な制度を活用して、その置き場の効率を上げているということになります。

好ましいことに、最近は同じように投資を行う人が増えているのは皆さんもご存じのとおりです。

かつて、投資のリスクを軽視して安易に行うすることを戒める文脈で、「貯金感覚で投資」という言葉が批判的に使われた時期もありました。しかし、貯金の代わりに投資を行う以上、どう考えてもその位置づけが近くなります。

現時点では安定した収入があるため、上記のように買い続ける状態が基本です。しかし、まとまった支出が必要なときには銀行預金を引き出すようにインデックスファンドを売却してきました。

支出よりも収入が上回れば、貯金をするようにインデックスファンドを買う。収入よりも支出が上回れば、貯金を取り崩すようにファンドを売る。それだけのことです。

取り崩す一方になった場合には、運用で増えるペースよりも売却のペースが早くなれば運用金額が減っていきますが、それは投資が自分の人生に真に役立った証であると考えることができます。

「貯金感覚」ではダメな部分

積み立てと取り崩しの概念を、このように貯金感覚で考えること自体には問題はありませんが、投資には将来のリターンが確定していないという性質(リスク)があります。これが、貯金と投資を同じ感覚で考えてはいけない部分です。

特に元本割れを含めてリターンが下振れした場合が問題になり得ます。「貯金感覚で投資」が批判されていたのは、このようなときに立ち行かなくなったり、投資をやめてしまったりするだろうという見立てからでした。

私はこの点については、「仮に損をしても、人生で最低限必要なお金が足りていれば大丈夫」という発想で実践しています。この発想に基づいて、許容できるリスクの範囲で運用することにしています。

言い換えれば、運用資産が減っても生活が維持できるなら、それは問題として考えないという立場です。そもそも、損益なんて「買ったときからの増減」に過ぎないであって、どれだけ得しようが、現在・将来の生活に不足していれば問題です。一方、生きていくのに十分な金額があれば、どれだけ損しようと生きていけることにかわりはありません。

この点は、「将来、貯金が足りるかどうか」という考え方とも同じですね。

私が運用している全世界株式での具体的なリスクの程度としては、現在の運用金額に対して一時的(数年単位)には-50%程度、10年で-20%程度、30年では±0%程度となった場合でも大丈夫か、を目安の1つとしています。

私は20代から投資を始めており、80歳まで生きるとすれば運用期間は50年以上に及びます。 これほどの長期であれば、積立投資であることを考慮しても、元本割れの確率はかなり低くなります。そして、「最終的にいくらになるか」の振れ幅は非常に大きくなります。ですので、「増えたら多めに使う、減っても生きていける」という発想が最も居心地のよい考え方になりました。

客観的に見れば、このように30代前半までにある程度のまとまった資産を積み上げることができ、長期で複利の力を活用できるポジションにいることが、私の楽観的な見方を支えている側面もあります。

課税の繰延を考えれば「分配金」より「売却」が有利

最後に、感情論ではない取り崩しのメリットについても触れておきます。

「元本を削るのが嫌だから、ETFや株の分配金・配当金(インカム)だけで生活したい」というニーズは根強くあります。しかし運用効率の観点では、元本を含めて売却するほうが税制面で有利であることは知っておくべきでしょう。

なぜなら、ETFや株の分配金・配当金は受け取った金額の全額に対して課税されますが、資産の売却において課税されるのは「利益(値上がり益)」の部分だけだからです。

具体的に言えば、1万円の配当金に対しては、約20%の税金がかかるため、手取りは約8000円になります。一方、評価損益が+100%の投信を1万円売却する場合、課税対象になるのは利益の部分のみであるため、手取りは約9000円です。したがって、手取りを揃えれば課税の繰延効果が生じます。

資産形成の過程においては分配金を出さない投信が有利であることはもはや常識ですが、資産活用の時期においても同様なのです。

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