この記事で紹介する本を私が最初に読んだのは,社会人2年目のことでした。
販売開始から10年を経たものの,私が10代後半から20代前半に読むことを勧めている本の一つです。
タイトルは「上京」ですが,行き先が大都市でなくても,ふるさとから離れて新しい生活を始める若者には考えさせるところがあるでしょう。それだけでなく,都市部に生まれ,そこでそのまま暮らし続けている人にも,本書の教えは重要な意味を持ちます。
読みやすい小説形式で,4時間程度で通読できる分量であるところもよいです。ふとしたときに読み返せるように,私は書籍だけでなく電子版も持っています。
本書を手にとったきっかけ
私は大学時代の同期から薦められて本書を手にとりました。その人は東海地方の町村の出身で,大学入学を期に東京で一人暮らしを始めていました。友人も私も『上京物語』における主人公と境遇が似ていたので,私に一読を勧めてくれたのだと思います。
本書は,多くの人が目先のお金のために生き,他人と自分を比較し続け,大きな挑戦を避け,そして晩年後悔するという人生に陥ってしまう理由を解説し,そのスパイラルからどう脱却するか,見方を変えるきっかけを与えてくれます。
地方から都市部に出てきた人にとっては特に共感できる要素が多いですが,すでに述べたように,読者対象は「上京」した人に限りません。無意識のうちに他人と自分を比較しがちで,お金について悩む若者にはぜひ読んでいただきたいです。
本書の情報
著者
喜多川泰氏。1970年東京生まれ。愛媛県に育つ。東京学芸大学卒。1998年,横浜に聡明舎を創立。以降,生徒の能力を最大限に発揮する方法を求めて自己啓発の研究を続け,自ら執筆活動を始める。(本書著者紹介欄より)
発売日・版元
2009年2月発売。ビジネス書・自己啓発書を中心に出版するディスカヴァー・トゥエンティワンから発行。
本書の構成
目次
scene 1 「祐介」の物語
人生のスタートライン
努力の日々
第一の決断 車を買う
お金を貯める
焦燥
第二の決断 結婚する
家族を養う
第三の決断 マンションを買う
後悔
scene 2 父からの手紙
父の思惑
愛する息子,祐輔へ
やぶるべき一つ目の常識の殻――幸せは人との比較で決まる
やぶるべき二つ目の常識の殻――今ある安定が将来まで続く
やぶるべき三つ目の常識の殻――成功とはお金持ちになることだ
答えはどこに?
自分なりの価値観を築く
自分の価値観を持つ方法①――「時間」を投資する
自分の価値観を持つ方法②――頭を鍛える
自分の価値観を持つ方法③――心を鍛える
やぶるべき四つ目の常識の殻――お金を稼げることの中からやりたいことを選ぶ
やぶるべき五つ目の常識の殻――失敗しないように生きる
愛媛県出身で東京の大学への進学を控えた主人公に対して,父が架空の人物を登場させた小説を贈ったという設定です。
scene 1でつづられる架空の人物の人生は,多くの人が陥り,後悔しやすい選択をまとめたような話です。この部分には自己啓発のような要素は特にありません。
scene 2は,そのような後悔を防ぐにはどうするかについて,著者の喜多川氏の考えを「父からの手紙」として小説形式でひも解いていく形式です。
主人公の人生を追体験しながら読めるのがいいですね。
「周りとの比較」が自分の幸せを奪っていく
「周囲が月収20万円で自分だけが月収40万円もらえる職場」と,「周囲が月収100万円で自分だけが月収50万円の職場」があるとき,多くの人は前者に幸せを感じると言われます。周りを気にすべきでないと思いつつ,つい周りを気にして優越感や劣等感を覚えるのが人なのかもしれません。
本書の主人公は上京して一人暮らしをしています。一人暮らしは衣食住への持ち出しが多く,遊びや貯金に回せる金額は実家暮らしの人に比べて少なくなってしまいます。
本書のなかでも,実家暮らしの人と比較した経済的環境を比べて,「自分はお金がない」と主人公が心労を重ねる様子が描き出されています。夢を抱えて人生をスタートしたのに,延々と他人と自分を比較し続けた結果,疲れ果てて無気力になっていき,次第に言い訳を重ねるようになっていきます。
さまざまな理由をつけて,周りの人が持っているからと無理して車やマンションを購入する様子や,家族が増えたことで,少しでも給与が減ったら生活が立ち行かなくなることにおびえる人生は,少し大げさなところもあるかもしれません。しかし,見栄を張りすぎることと,それを守る路線ばかりを考えるようになる話は読んでいて迫ってくるものがありました。
本書では,この状況を「自らの幸せを追求するのではなく,他人が持っているものを追い求める人生」と指摘しています。
これは私も含めて,誰もが陥りやすい落とし穴ですね。
また,同じようなものとして,「常識」が敵になることもあります。お金に関して言えば,周りの人や理想の成功者が持っているからと,自分も家や車を買っても,それが真に自分の幸せかどうかは別の問題です。これも他人との比較の一つかもしれません。
成功とは「お金持ちになること」ではない
本書のもう一つのテーマはお金です。この本の物語は他の小説と違って,お金の有無に一喜一憂しながら展開されていきます。この本の描写が妙になまなましい理由はそこにあります。
そして本書の後半で,実は,この本の登場人物はお金を基準に生きていることが明かされます。
すべての行動がお金を基準に考えられていて,人生そのものがお金を中心に動いているんだ。
持っているお金によって,やるかやらないかを決める。
これから入ってくるお金のことを考えて,買うか買わないかを決める。
お金があれば,やりたいことができる。今はそのお金がないから,やりたいことができない。
(中略)
とにかく行動の基準がすべてお金なんだ。
そして,それを何の疑いもなく常識だと思っている。
お金持ちになりたいにしても,一度成功とお金というものを切り離して考えなければならない。
成功者になるということは,お金持ちになるということではないんだ。
この常識の殻をやぶるのは本当に難しいことだ。
他人と人生を比較し,さらにお金を基準に生きていくことで,お金が人生の選択に過度に大きな影響を及ぼしていきます。読んでいる側は主人公がお金のことばかりを考えて選択を繰り返すさまを見てイライラさせられるところも……。
それゆえに,本書の主人公の生き方はよくある小説のような「かっこいい」側面がまったくありません。お金がないからと挑戦を先送りし,あきらめ,お金を失った人をあわれみ,お金を得た人をうらやんでいきます。
お金は人生を豊かにするうえで重要なものであるからこそ,逆にお金が人生の幅を決めてしまうような生き方に陥ってしまうことに警鐘を鳴らしています。つまり,お金の有無と自分の人生の成功・不成功を結びつけてしまうことで,お金のための人生になってしまうということです。
お金にはほしいと思わせる「魔力」があります。また,多い・少ない・増えた・減ったが数字としてはっきりわかり,多く持っていればいるほど,多くのモノやサービスと交換できます。だからこそ,注意しないとこの落とし穴に自然にはまっていくのでしょう。
自分なりの価値観を築く3つの方法
このようなピットフォールに陥らないために,本書では自分なりの価値観を築く方法を以下の3つに整理しています。
① 「時間」を投資する
時間の「消費」に対応する概念として紹介していますす。時間の使い道として,自分の将来につながる経験作りにあてることを勧めています。
② 頭を鍛える
学校で習う勉強だけでなく,自分の強みをしっかり持つことを推奨しています。
③ 心を鍛える
本書ではこれを最も重要としています。積極的に,明るく,前向きに物事を考えようと啓発しています。
私としても,積極的に,明るく,前向きに考える人は魅力的である一方で,他人を批判してばかりで,後ろ向きな考えの人にひかれることはほとんどありません。
いつも前向きでいるのは難しいですが,なるべく心掛けたいと思います。
近道はないが,王道はある
間違ってはいけないのが,他人と比較し続け,お金ばかりを行動基準に据えた主人公の人生を不毛なものと断じたいわけではありません。幸せも多い人生でしょう。
しかし,お金を理由に言い訳するような人生ではなかったか,こんなはずではなかったのにと,あとから振り返るのは悲しいことです。
自分の今と将来がどうありたいのかを考え,前向きに人生を考えていく。お金も大事ですが,幸せとお金を一度切り離して考えるうえではよい本だとおすすめします。
◆20代向けの本は以下もおすすめです。
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