「投資家が得るリターンを最大化することが運用会社の役割である」というボーグル氏の考えがこの業界を大きく変えた。そのことがよく分かる本でした。
著者のジョン・C・ボーグル氏は,世界最大級の資産運用会社であるバンガードを創立した人です。1976年にインデックスファンドを世界で初めて誕生させ,低コストインデックスファンドの普及を支えた人としても知られています。
仮にボーグル氏がいなくてもインデックスファンドは登場し,地位を徐々に拡大したことだろうと思います。しかし,一般の投資家にとってこれほどまでに有用な選択肢に育てるうえで大きな役割を果たしました。
現在は隆盛をきわめるインデックスファンドがどのように誕生し,発展してきたかを知りたい人にはとてもオススメしたい本です。
この記事では本書を読んで特に印象に残った点をいくつか取り上げたいと思います。
本書の主な内容
一見,堅そうな学術書のような雰囲気にも見えますが,サブタイトルに「物語」とあるように,中身はボーグル氏の生涯を追った読み物が中心です。
きたーー!!
カバーを取ってみるとボーグルの署名が出てきました。いい装丁📕
紙版の魅力ですね。 pic.twitter.com/CGB5SBQLNd— なまずん🐠20代インデックス投資🐠 (@gameoftheweak) January 25, 2021
本書は次の4部構成です。
第2部 バンガードのファンド
第3部 投資運用の将来
第4部 思い出
第1部ではバンガードの設立前夜からインデックスファンド業界を率いるようになるまでが時系列で解説されています。ここでは,そもそもボーグル氏が資産運用業界を一変させるような着想を得たのは業界に入る前だったことが明かされます。バンガードは業界において当時は異例であり,反対者の抵抗にあいながらも当初の信念を持ち続けて発展させてきた様子には驚くべきものがありました。
第2部は個々のファンドに焦点を当て,低コストの重要性や投資法についての助言が含まれています。何よりも,「投資家の得たリターン」に着目してファンドを見ているところがボーグル氏の素晴らしいところです。
第3部ではインデックスファンドへの批判について応える内容が主で,ここまでが本書の主な内容です。
投資家の得るリターンの最大化に尽くしてきたボーグル氏
そもそもの前提として,ファンドを購入する投資家とファンドを運用する運用会社の間の利害は一致しません。
直前に述べたように,ボーグル氏は何よりも「投資家が得られるリターン」に着目した運営をしてきました。
投資によって投資家が得るリターンは,市場から得られる総リターンから運用のコストを差し引いたものです。コストには,売買の手数料,売買益・配当金への課税,投資信託の場合は保有期間中の報酬などがあります。
したがって,投資信託を保有する場合は運用会社への報酬が高くなればなるほど,投資家の得られるリターンは減少し,運用会社の利益が増えます。両者にはこの点で利害の対立があります。後で述べるようにインデックスファンドではこの傾向が顕著ですが,大きな視点で見ればアクティブ運用でも同様です。
ボーグル氏の言葉を借りれば,「株式のリターンは究極的には企業が生み出すものであり,金融システムはそのリターンから価値を差し引く」,「ファンドマネージャーは,顧客の資産に価値を付加することはできない」(いずれもp.383)というわけです。
運用会社は基本的に,「運用会社の得る利益」を最大化する方法を考えています。一方で,ボーグル氏はそうではなく,「投資家が得る利益」に着目し,その最大化を徹底する指針のもとにバンガードを運営しました。
現在までのバンガードの成功はこの違いに凝縮されています。トップを務めてきたボーグル氏がそれを継続的に啓発してきたことは素晴らしい点です。本書はその生き方がまとめられた良い本でした。
低コストの追求とインデックスファンドの普及
全編を通じて最も強く主張されていることは,コストをなるべく低く抑えることの重要性です。先ほど書いたように,コストは投資家のリターンを減らす要因だからです。
コストを減らすことでリターンが改善することを明らかにしやすいのがインデックスファンドでした。
インデックスファンドは適切に運用されていれば市場から得られるリターンはベンチマークと一致します。したがって,コストの差が運用成績の差となって現れます。最も低コストを実現しているファンドが相対的に高リターンを実現することになるからです。
◆この傾向は以下の記事で紹介しているインデックスファンドの比較一覧でも明らかです。
バンガードのファンドはそれ自身がファンドを通じて所有されるという業界で唯一の構造となっています。これは低コストを実現しやすいため,競争力のあるインデックスファンドの提供がしやすかったことも成功の要因でした。
“平均的”ではないインデックスファンドのリターン
ところで,インデックスファンドのリターンはすべてのアクティブファンドの成績の「ちょうど中央」に位置するのでしょうか?
アクティブファンドに比較して,インデックスファンドは総じて高いリターンを上げているとわかっています。バートン・マルキール氏が本書に寄せた序文では,インデックスファンドの成績は上位10%に位置することを述べています。
スタンダード&プアーズの調査によれば,2017年末までの15年間,アクティブ運用ファンドの90%以上が,ベンチマーク指数をアンダーパフォームしており,アクティブファンドは平均で,対象指数を年間1ポイントも下回っている。投資家がインデックス・ファンドから得られるのは,平均的なパフォーマンスではなく上位10分位のリターンである。(p.24)
アクティブファンドはこの間に償還されてしまう「生存者バイアス」がかかっているにもかかわらずこれだけの差が生まれています。
ETFの頻繁な売買がリターンを下げる
でも,インデックスファンドならどのような買い方をしてもよいわけではありません。
インデックスファンドを生み出したことから,「インデックス・ファンドの父」とも呼ばれるボーグル氏ですが,ETF(上場投資信託)については,それ以前からある伝統的な投資信託に比べて否定的です。
その理由は,ETFは簡単に売買できてしまうからであり,平均的には投資家がETFを頻繁に売買することによってリターンを減らしていることにあります。
本書での調査によれば,2004~2017年において投資家が得たリターンは,投資信託の場合で年率8.4%,ETFの場合で年率5.5%にとどまるとのことでした。“低コストなインデックスファンドをアクティブに売買すること”は適切な戦略ではないと示唆されています。
ボーグル氏はETFの活用について次のような見解を示しています。
- 広く分散されたインデックスETFは強力に支持する
- 的を絞った特化型の投機的なETFは好まない
- 売買は究極的には投資家の敵
なお,ここで言う「売買」というのは頻繁に売却と購入を繰り返すことで,一方的にひたすら買い付けていくようなやり方ではありません。
これは投資信託を購入するときの原則とまったく同じですね。
バンガードの課題の一つは「大きくなりすぎること」
本書のなかではバンガードの今後の運営の課題も語られています。最も大きな問題は,規模の拡大とともに社会に及ぼす影響が大きくなりすぎてしまうことです。場合によっては規制の必要が出てくる懸念が残されています。
コスト勝負になってしまうことから,インデックスファンドは資産運用会社にとっては儲からないビジネスです。ファンドの規模が大きくなればなるほど固定費の負担は薄くなることで,スケールメリットがはたらくため,新規参入が限られ,ますます寡占化を進めることとなっています。
バンガードを含めた少数の資産運用会社がすべての会社の大株主になってしまうことはボーグル氏自身も問題だとしています。
初版初刷はちょっと楽しい
今回は邦訳の初版初刷を購入したため,Twitterなどでもよく話題になる誤字が残っていました。
気づいた時点で次の刷からは修正されてしまうほか,電子版では更新できてしまうので,これは紙版の第1刷を購入した人だけが楽しめる間違い探しです。ぜひ見つけてみてください。
債権&債券 そして謎文
私の目に留まった…かな
(初刷あるある) pic.twitter.com/YHycHTGHZT— なまずん🐠20代インデックス投資🐠 (@gameoftheweak) January 26, 2021
◆ボーグル氏の信念がとてもよく伝わってくる一冊でした。
なお,冒頭に書いたように本書は物語調の構成で読みやすいのですが,カタカナ言葉が多くて意味を取りにくい箇所もありました。日本語に置き換えられる言葉は日本語にするなど,訳者にはもう少しの工夫がほしかったように思います。
◆インデックス投資に関する本もたくさん読んでいます!
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