年金制度のリファレンス:『人生100年時代の年金戦略』

投資の参考書
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なまずんです。

マネーリテラシー水準が異常に高い投資家に話題の本を読みました。年金制度をオーバービューし,賢い使い方を指南する一冊です。

本書を読み進めるうちに,断片的にしか把握していなかった年金制度がどんどん体系化されていく実感がありました。概論である第1章を読んだだけで,一回りも二回りも,年金制度の理解が深まりました。目からウロコが落ちる思いで,一気に読破しました。

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公的年金の本質は「保険」

年金制度は簡単な仕組みではありません。全体像の把握が少し大変なため,一般の人からの誤解が多い制度です。

例えば,「将来,年金制度は崩壊して年金を一切もらえなくなる」と考える若い人は少なくありません。しかし,それは正しいのでしょうか? 著者は,年金制度の仕組みに鑑みて,年金制度は崩壊しないと主張しています。

また,年金は高齢者の生活を支えるためだけの仕組みで,若者にとってもらえる金額の少ない,払い損の制度でしょうか? この認識も正しいとは言えず,支払った金額より多く受給できるかどうかで制度の良し悪しを一概に判断すべきではないのです。私が最も衝撃を受けたのは,「公的年金の本質は『保険』の仕組み」という筆者の解釈です。

日本の年金制度は,現役世代に対しては「生命保険」の性格を持っています。保険料さえ支払っていれば,亡くなれば遺族に遺族年金が,疾病・事故等で障害を負えば障害年金が出ます。確かに,現役世代が支払っているのは,「国民年金保険料」「厚生年金保険料」という名前ですね。

そして,主な受給者である高齢者にとっては,長生きリスクに対して生活資金を補填する「年金保険」としての役割を果たします。

実は,日本が作り上げてきた年金制度は仕組みの観点からも,諸外国と比べても充実しているというのが著者の見方です。本書は,年金制度のよくある誤解をもとに現状と仕組みを解説し,年金制度をうまく活用する方法や維持する重要性を教えてくれる一冊でした。

本書の情報

著者

田村正之氏。日本経済新聞社編集委員兼紙面解説委員。証券アナリスト(CMA),ファイナンシャルプランナー(CFP)(本書著者紹介より)。

発売日・版元

2018年11月発売。日本経済新聞出版社。

本書の構成

目次

序章「年金をいくらもらえるか」は自分の選択次第
第1章 年金は人生のリスクに備えるお得な総合保険
第2章 公的年金の受給額、どう増やす?
第3章 運用で堅実に増やす。個人型・企業型DC徹底活用

第1章は年金制度の仕組み,第2章はサラリーマン,パート主婦,自営業者など読者の立場に合わせた年金制度の賢い活用法について書いてあります。

以下は20代サラリーマンの私の視点から,特に印象に残った点をまとめます。

年金制度が崩壊しない理由

本書を読んで最も勉強になったのは,第1章にまとめられた年金制度の仕組みです。特に,購買力ベースでの年金受給額の将来推計(2050年ごろ,厚労省による推計)の解説には心を奪われました。

「老後資金は〇〇万円」などとよく言われますが,老後が遠い若年世代にとって重要なのは老後資金の金額ではなく,物価変動を踏まえた購買力の程度です。これまで読んできた本やウェブサイトには購買力ベースの考え方の解説が少なく,年金制度に関して漠然と不安に思っていたところに,本書の端的な解説はとても腑に落ちるものでした。

本書によれば,将来の年金は,現役世代の手取りと比較した「所得代替率」では残念ながら減少します。モデル世帯(40年間平均的な賃金で厚生年金に加入した夫と40年間専業主婦)の場合,現在の年金額は月額21.8万円で,所得代替率は約60%です。2050年頃の所得代替率は経済が順調でも約50%,マイナス成長が続く悲観的シナリオでは約40%と試算されているようです。

一方で,購買力ベースでは今の年金水準より増えることが想定されています。経済が順調なら30万円前後に,経済が不調でもほぼ現在の水準は維持されるとみられています。その理由は,物価上昇よりも,現役世代の賃金上昇のほうが大きい予測のためです。

マイナス0.4%の実勢つ経済成長率が毎年続くという最悪のケースでは,モデル世帯の購買力もさすがに減少する試算ですが,それでも年金がゼロになるという制度崩壊には陥りません。年金の根幹をなす仕組みは積立方式ではなく,現役世代の保険料と国庫負担で受給世代を支える賦課方式(仕送りのイメージ)だからです。

所得代替率が減少し,現役世代との差から貧しさを感じるかもしれません。しかし,年金を老後の生活資金と考えた場合,実質的な購買力が保たれる可能性が高いのは心強いです。

ただし,上記の年金支給額を保つには,一つの前提が必要と著者は訴えています。それが,当面の間,年金の所得代替率を毎年0.9%ずつ下げていく「マクロ経済スライド」の確実な実施です。2004年に導入されましたが,これまで必ずしも機能してきたとは言えません。名目では年金額を減らさない,名目下限措置が存在していたからです。

年金額の名目での減額は,受給者にとってはわかりやすい痛みで反発も予想できます。しかし,物価上昇や賃金上昇が見られない年にマクロ経済スライドを発動しないのは,将来世代との関係の上で不公平です。名目下限措置の撤廃の議論が進むことを期待しています。

年金制度との「賢い付き合い」の解説が圧巻

第2章では,会社員,自営業者,パート主婦などの属性に分けて,年金を増やす方策を紹介しています。私は会社員なので自分に関係する部分を中心に読みました。

特に関心を持ったのは年金支給開始年齢の話題です。現在,日本の年金制度は受給開始年齢によって支給額が変わります。65歳受給開始を基準に,60~70歳開始を選べます。1か月遅らせるごとに0.7%増え,1か月早めるごとに0.5%減ります。70歳まで遅らせれば,毎月42%増額されて年金を受け取れるのです。

著者は70歳まで年金受給を遅らせるように勧めています。他,パート主婦には厚生年金に加入したほうが将来の経済環境が結果的に良くなる場合が多いこと,自営業者には小規模企業共済の有用性を説いています。

本書の素晴らしいところは「もし,〇〇のときは……」という疑問に親切に答えていることです。例えば「70歳で年金受給を開始しようと思っていた人が69歳で亡くなってしまった場合,65~69歳分の年金がもらえずに損になる」との懸念に対し,「遺族に65~69歳相当分の年金が一括で支払われる(ただし,増額はされない)」と解説しています。また,「受給を遅らせたものの,69歳でまとまったお金が必要になったとき」には,「65~69歳相当分の年金を一括で取り戻すこともできる(ただし,増額はされない)」との例も示されています。

もちろん将来的に制度が変わる可能性は高く,20代の私にとっては,いま将来の設計をするのは困難です。しかし,考え方の根幹は共通する点があると思うので,落ち着いて将来を見据える上で読み応えのある内容でした。

年金制度のリファレンスとして使いたい

「年金制度は総合保険」との言葉の衝撃から一気に通読してしまった本書ですが,途中からは会社員,パート主婦,自営業者など個別の状況に合わせた解説です。

年金制度はオーバービューするだけで一冊の本になってしまうほど複雑な仕組みですから,全てを覚えておくのは不可能です。

就職や転職,起業,結婚・離婚,不幸にも障害を負う,想定以上に長生きするなど,この国に住む以上は人生の転機で「年金制度」と賢く付き合っていかなければなりません。本書はそんなときのリファレンスとして手放せない一冊となりました。

年金制度の仕組みと,賢い使い方に自信がない人にはきっとピッタリの本になるでしょう。

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